たった3つの記事を書いただけなのに、もう行き詰まっている。文才に乏しい私には限界が訪れるのもアッという間なのだろう。

 ところで、文章を創作するすることを生業としている人びとの苦悩を取り上げた映画を立て続けに観た時期があった。ポランスキーの『告白小説、その結末』、アントニオ・バンデラス主演の『ブラック・バタフライ』、そして、『シドニー・ホールの失踪』の3作だったと思う。(結構ええかげんな記憶やのぅ。)いずれもサスペンス仕立てで万人受けを狙っているのだろうが、前2作は作家自身がつくり出した幻影に振り回されるお話。『タリーと私の秘密の時間』と重なるような作風で、それなりに面白みはあったものの、鑑賞後の心にとどまるものは乏しかったように感じている。

 『シドニー・ホールの失踪』は違った……。決して今まで記事にした3作のように大きな話題をつくったわけでもなく、ソニー・ピクチャーズの公式サイトでもさりげなく触れるだけで、全く関係者の注目を浴びていない。その上日本未公開とあっては地方の映画ファンにはますます縁遠い存在になってしまった。

 たった2作のベストセラーを残し、突然失踪してしまったシドニー、彼の足跡を5年も追い続ける刑事。物語はミステリーの趣で構成されるが、中身はまったく違ったものだ。高校時代から現在までの10数年間を時間軸を無視して、その時々の追想のように織り込んでいるので混乱するかと思いきや、そのシドニーの風貌がその時期ごとに異なるのでスンナリ頭に入っていく。

 記事にするため、もう一度観ておこうとしたら、自分の頭に残っていた順番と随分違っていた。それは制作者の意図が十分反映されているということ。観る側が断片、断片を紡ぎあわせて勝手に想像を膨らませていくことができる。いつの間にやら自分なりのシドニー・ホールを作りだしてしまっている……。

 以下は私なりの想像を加味した感想になりまっせ。

 高校ではネクラで風采のあがらないシドニー。綴る文章にはマスターベーション連発で顰蹙を買う始末。自分の気持ちを包み隠さず、お行儀良く褒めてもらえるような脚色をせず、今の想いをそのままペンに乗せるスタイルが貫かれている。

 その原点は家庭にある。デキちゃった婚で仕方なく結婚したことをワメキ散らしながら嘆く母親。一家は彼女に支えられているらしい。物静かな父親は何かの理由で障害者になっていた……。毎晩繰り返される母親の暴力と罵る声、その喧噪を自室にこもって避けながら、その時々の想いをメモにしたためるシドニー……。

 ある日、幼なじみで学校一の人気者ブレットから声をかれられ、幼少期に一緒に埋めに行ったものを掘り起こしたいから一緒に来いと依頼される。その場所はシドニーしか記憶していなかったからだ。

 ブレットは道案内をしてくれたシドニーに、お礼として向かいに引っ越してきたメロディと仲良くなるチャンスをお膳立てすると言ってくれた。車で家まで送ってくれたが、家の前でブレットの父親が現れ、強引に彼を連れていってしまった。連れて行かれる前、掘り出した物を預かってくれと頼まれる。それは缶の入れ物だった。

 シドニーはメロディと一緒にお祭りへ行くことになる。彼女と色々なことを話し、二人の距離は縮まっていった。祭りにやってきたブレットから預けた物のことを聞かれ、月曜日に学校に持っていくと言った。だが、月曜日に登校したシドニーは、校内放送でブレットの死を知ったのだった……。彼は両親の前で自殺したとのことだった。

 ブレットから預かった缶の中身は、ブレットの父親が中学生の少女と性交しているところを映したビデオテープだった。小学生だったブレットが隠し撮りしたのだ。父は高名な裁判官だったが、ブレットに暴力を振るい、最近では妹にも手を出し始めていた。

 祭りの日、ブレットは箱の中身を見たかとシドニーに尋ねていた。見たと言ったシドニー。月曜日になったらテープを持って警察に行こう約束する。だが、祭りから戻ったシドニーは、怒りに震える母の姿を目にする。シドニーの部屋でテープを見た母は、その内容に驚愕してしまったのだ。そして、こんなものはあってはいけないと、暖炉にテープを投げ込んでしまった。シドニーは大急ぎでテープを救助するが、もう観ることはできなくなっていた。

 テープがダメになったことをブレットに言うが、電話は何事もなかったように切れてしまった……。ブレットを死に追いやったのは自分だとの自責の念にかられたシドニーは理不尽な大人たちの自分勝手な行動の積み重なりに押しつぶされていく若者の心情を一気に吐露した「郊外の悲劇」と題する処女作を書き上げていった。

 その「郊外の悲劇」は大ベストセラーとなり、ピュリッツァー賞の候補にまで選ばれる。

 人生で二度と起きそうもない強烈な衝撃。もともと感受性の豊かな純真な心に深く刻み込まれた体験は見事な傑作となって世に出て行ったのだ。しかし、そこに群がる業界人の功利的な思惑。次回作を強要し、売らんがための演出、脅迫じみた執筆への誘導。その圧力に繊細な心情の彼はドンドン追い込まれていく。

 極めつけは、目の前で起こった妻、メロディの死。その直前に彼女は妊娠していることをシドニーに告げたところだった……。

 失踪の原因はここにあった。永らく放浪しながら、本屋や図書館で自らの著作を見つけては燃やしていく怪しげな行動にでる彼を追い続ける謎の男……。

 彼は警官のバッジを見せながら、シドニーの出没した各地で、その様子を探っている。

 シドニーを捜す刑事は、彼が捕まったことを無線で知った。シドニーの保釈金を払い、彼と対面した時、あなたのファンで、あなたの伝記を書きたいと伝えた。シドニーは協力を拒み、ピュリッツァー賞を受賞したフランシスの伝記を書いたほうがいいと言う。だが、実はこの刑事こそ、フランシス本人だった。おもちゃのバッジで刑事のふりをしていたのだ……。

 このダイナーでの対面シーン。フランシス役のカイル・チャンドラーの見せる慈愛に満ちた優しい眼差し……。作品を創りあげる苦しみを同じように感じている同業者だけが感じ取るシンパシー。それ以上にシドニーの才能に惚れ込み、彼を思いやる心に溢れている表情……。あまたの映画を観たなかでも出色のシーン。いつまでも頭に焼き付いて離れることはない……。

 後はご覧になってください。涙が溢れてきてしまいました……。

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