スタジオ・ジブリの盟友、ミッシェル・オスロの『ディリリとパリの時間旅行』ほど宣伝されなかったので、ほとんど眼中になかった『エセルとアーネスト ふたりの物語』を劇場で観ることになった……。観る前から何かと想像を膨らませていたわけではないので、どんな感想になるか、自分でも不安だったが、ここはアニメーションに対する私の想いについて、多少述べることにしようか。

 以前、ノンフィクションW「人形アニメーションの父・持永只仁の約束 ~未完のシナリオが繋ぐ日本と中国~ 」をたまたま観る機会があったので、ディズニーだけでなく、アニメーションの製作にかける人びとの思いを窺い知ることができていた。今とは大違いの戦前の頃から、国の違いを越えて子どもたちへの想いを共有した人たちがいたことにビックリ! さらに、2016年、デジタル復刻版がカンヌ映画祭で上映され、DVD化された『桃太郎 海の神兵』を観た時、これらがどんな思いで作られ、何を託そうとしたのかを考えた時、コミック原作の映画に辟易とし、アニオタを快くは思っていなかった自分の狭量さに気づいてしまいました。

 『桃太郎 海の神兵』については、いくつかのコメントがありますが、どうしても紹介したい2つを取り上げてみましょう。ひとつはasahi.com(朝日新聞社)にあった署名記事、『「海の神兵」を知っていますか?』です。……よくもまぁ制作者への取材もせずに検閲を通過した戦時中の戦意高揚映画の内容だけで批判めいた文言を散りばめることができるなぁと、感心します。当たり前だろッ!! 統制されたなかで彼らの子どもたちに託した想いを分かっているなら、そこをアピールしろッ。どこかの政党の機関紙じゃあるまいし、様々な意見を掲載できての一般紙だぜ!! すべての記事に色をつけている時点で品格は地に墜ちているヨ。

 もうひとつは『手塚治虫「桃太郎・海の神兵」を松竹座前で語る 』というYouTube動画。1985年頃のものらしいですが、よくぞ挙げていただきました。

 今日の日本アニメの隆盛は一朝一夕に成し得たものではなく、連綿と受け継がれた制作者たちの想いが作り上げた素晴らしい財産だと痛感しました。他国の人も外形的には真似はできるかも知れません。ディズニー、ピクサーなどは豊富な資金力で圧倒的に凌駕する画面をつくり出すかも知れません。しかし、受け継がれているのは技術的なことや画面の繊細なタッチだけではなく、子どもたちへのメッセージにあるのです。

 改めて、京アニ放火事件の罪の深さを痛感させられます。

 おっと、肝心の映画の話はどうなった? もともと絵本として作られた原作のアニメ化なので、そのタッチをなんとか再現しようと時間を掛けてジックリと作られています。第二次世界大戦をはさんで40年余りの庶民の生活史を綴っているが、なにか我が家の歴史を振り返るような懐かしさ。物には恵まれないが、心豊かな日常に、経済発展の影で失っていった何かを考えさせられる。観といて良かったよ。

 DVDなら、『アズールとアスマール』がお薦め。豊かな色彩に圧倒される。

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