ロヒンギャ難民を取り上げたUnicef のTVコマーシャルをつい見てしまった……。「これって、3,000円寄付すりゃ問題解決するの? 」と考えてしまった。この男の子は10年後に少年兵として銃を握ってるんじゃないの? アフリカで起こったことの二の舞? 中米は今、どうなってるの? 世界各地の紛争は収まるどころかますます激しさを増しているんじゃなかろうか? いろいろ思うと、随分深みにはまってしまった……。

  流布されるニュースはミャンマー政府の非人道的対応を激しく非難するものばかりですが、原因の一端は大英帝国のビルマ植民地化にもありまっせ。そもそもロヒンギャはひとつの民族と規定できるような独自性を持たない集団じゃないのかな? ムスリムということで宗教上は括られるのだろうけど、その起源は様々で、どう規定するかは極めて難しいと思うけど……。

  英国領となった時に奪われた土地に導入されたザミンダーリー制と、その土地がチッタゴンからのベンガル系イスラーム教徒の労働移民にあてがわれたということも大きな意味を持つのでは? よくは分かっていないが、ミャンマーだけが悪者ってのは浅薄皮相な戯言ってことだ!!

  18世紀後半まで、この地方では仏教徒と少数のイスラーム教徒が共存していたらしい。仏教徒とムスリムの間に宗教的対立は見られなかったのだ。ところがビルマ全土が英領インドに編入されると、多数のムスリムが流入し、バランスが崩れていく。

  そして、20世紀初頭からインド系移民への排斥感情が強まり、 第二次世界大戦(?)中、日本軍が英軍を放逐しビルマを占領すると、日本軍は仏教徒の一部に対する武装化を行い、仏教徒が英軍との戦いに参加することになった。英軍もベンガルに避難したムスリムの一部を武装化して、日本軍との戦闘に利用しようとした。現実の戦闘はムスリムと仏教徒が血で血を洗う宗教戦争の状態となり、両教徒の対立は取り返しのつかない地点にまで至ったのである。

  それって、誰が仕掛けたの? もともとそこに暮らしていた人びとは決して対立することを望んでいなかったのに、大国の思惑で利用され、消耗され、互いに憎悪をかき立てていく。実際には大国と言われるところでも、近代的国民国家を形成する時には少なからず民族浄化政策を強行して少数者を駆逐している。勝手に「国ってのは、こういうもんだろ! 」と押しつけられた観念で、民族浄化に励む連中の何と多いことか! われわれのご近所にも「やり過ぎやろッ! 」と思える同化政策を自慢げにやってる国もある。

  つまり、どこかでくり返される宗教対立や少数者排斥の動きを「この人たち、何やってるの? 」と冷ややかに嘲笑する眼差しで呆れかえれる人はどこにも存在しないのだ!!

  『英国総督 最後の家』は、独立前夜の激動のインドを舞台に、歴史に翻弄された人びとを描くヒューマンドラマ。

  ブレグジットの進捗する昨今のイギリスに、ヒンドゥー教徒とムスリムの対立で騒乱状態にあるインドの独立前夜の様相を突きつけて、異教徒、異民族との宥和が大切であると説くこの映画は、明らかにある立場の人びとを代弁するものに他ならない。異なる生活様式の人びとを理解し、互いに認め合うことを意識しているが、度が過ぎると、かえって騒乱の火種を植え付けることになりかねない。

  もっと穏やかな描き方で宗教問題を扱っているのは『バジュランギおじさんと、小さな迷子』。インド映画として世界興収歴代3位を記録したヒット作。

  さすがのインド映画の定番、歌と踊りがふんだんに盛り込まれ、先の読める単純な筋立てとハッピーエンド。観ていて爽快感に包まれるが、そこここに複雑な事情を思い知らされる。密集した都市空間の中で、ベジタリアンであることに異様なほどプライドを持つバラモン階級。モスクへの尋常ならざる嫌悪感。それはシク教徒にも及ぶのだろう……。逆にマドラサの教師であるウラマーの持つ寛容さ。「アッラーフ・アクバルを貴方の宗教では何と言いますか? 」と尋ねるシーンに象徴されるように、いずれの宗教も些末なタブーに遮られることなく、本質に目を向けるべきだと訴える。娯楽作に見せながら、何かを訴えようとする姿勢に感銘した。

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