老人同士の「ばかしあい」かな? と変な興味をもって、『グッド・ライアー 偽りのゲーム』を観た。日本でも良く耳にする「出会い系サイト」によるトラブルや投資詐欺に絡んだ映画。お上品なヘレン・ミレンには以前から魅力を感じていたので興味深く観ることができた。なにしろ世間知らずのお嬢さんあがりの未亡人が老獪な詐欺師に翻弄される様子を想像していたが、なかなか上手に話の中に引き込まれた……。

 時代設定が2009年、うぅん? なんで? という疑問は最後のほうまで晴れなかったが、手の込んだ詐欺の方法を子細に映し出していたのが結構面白かった。イアン・マッケランとヘレン・ミレン。Sir とDame の称号を持つ二人の会話を観るだけでも引き込まれるが、舞台はベルリンにまで拡げられる。そのスケール感もなかなか、さらにはベルリン占領直後の英軍にまで遡る話が空間と時間を思いっきり引き延ばして、ドンドン話が盛り上がる。

 やっぱり簡単に欺されちゃうか、と半ば諦めているところに起こるどんでん返し。こりゃ、たまらんわ……。

 時代設定の疑問はネタバレながら二人の最初の出会いにある。なんと大戦中に企業家の令嬢の英語の家庭教師として招かれた青年がこの老人だったというのだ。つまり、欺したつもりが、彼女によって仕掛けられた積年の恨みを晴らす場がこの出会いだというのだ。凄い展開。60年以上前の出来事が甦され、自分さえも偽って思い込んでいた過去を一瞬にして瓦解させられる男。その流れに驚愕するが、果たしてそんなことって本当にあるの? どうも自分の感覚にはそぐわない何かが引っかかった。以前観たスウェーデンミステリーの映画化『エリカ&パトリック事件簿 踊る骸』にも抱いた違和感。第二次世界大戦中に発生した事件を発端に、人生の大半を怨念を心に秘めながら生き続けるなんてことが本当に出来るのだろうか? 日常の何気ない感動や喜びを心底感じることなんてできそうもない。

 人は完璧ではなく、過ちを犯すから人なんであり、その遺恨をどこかで払拭してきているから明日を見ることができたのだと思う。自分の過ちだけでなく、他人から受けた危害もどこかで許していなければ生きていけない。ユダヤ系の映画によく観られる怨念に生きがいを見出す様子や執念深さは、どうも理解できない。許し合うから生きてられるって思うんだけれどもなぁ……。

 普通の人間では有り得ないような執念をもってくることで驚かせようとする意図が働いているだけなら納得はするけど……。

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