『ボーダー 二つの世界』を観てきた。映画館で予告を観ていたせいか、妙に気になって是非観なくてはとの思いが強かった作品でした。概してあまり意気込みが強すぎると、期待外れってなことに陥りやすいものですが、『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者としても知られるヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが原作と共同脚本を手掛けた本作は、そのエリと併せて、とてつもなく大きな課題を与えるものであった気がします。

 前作ではヴァンパイア、この作品ではホモ・サピエンスとは異なる異人類である主役の二人は外形的には対照的です。清楚な雰囲気すら感じる12歳の少女エリは、見た目、誰もが好意を抱きそうな美少女。ただし、昼間には決して姿を見せず、普通の食べ物を受け付けられずにデートもままならない不自由さ。行く先々で人の生き血を求めるということは、殺人を繰り返すということになり、ひとどこに落ち着くことが出来ないでいる。問題が起きそうになる度に移動を繰り返しているのだ。

 都市近郊のアパート群は、さまざまな所から集まった住民で構成され、昔ながらのムラやマチの持つ共属性が全く感じられない。住民の出入りも激しくて、隣にいるのが誰だか、全く知るよしもなく、また関心も持とうとしない。それぞれの部屋が隔絶されたなかでは、多少の異変は見逃されてしまうのかも知れない。そこでエリと出会った孤独なイジメられっ子が彼女に関心を寄せるようになり、その本性を知った時に見せる態度がこの映画のキモ。思い描いた理想像からかけ離れた実体に触れて、どう感じるのか、相手を傷つけずに、どう気持ちを説明するか、そして、どう付き合うか。

 立場を自分に置き換えたら、どうするだろう? もの凄く難しい問題だ。

 人種の違い、黒人や白人を初見から違和感なく受け入れられるかって問われると、ちょっと悩んでしまう。自分が民族差別主義者だってわけではないが、初めて会った時には、その外見にたじろぐってのが正直なとこだろう。電車の横の席に急に座ってこられたら、オヨヨって思うのは普通だし、町で道を尋ねられたら、一瞬、躊躇するのは当たり前だろう。

 それは、差別しているのではなく、あまりにも自分と隔たりのある容貌にビックリしているだけで、落ち着いたら、普通に喋れるんだけれども、その躊躇した瞬間、これって差別? って考えが頭をよぎるのだ。あまりにも世間に罵られる人種差別のニュースを見過ぎていると、おまえッ、分かっているような顔して同じことしてんじゃん。と言われそうな感じがどこかして、必至に差別してない自分を作ろうとしてしまう。

 でも、そのギコちない仕草が逆に不審がられたり、内面を覆い隠しているようにとられたり……、もっと意識せず、普通にしてたいんだけど、それは、自分とかけ離れた存在に多少の違和感を持つってことだと思うけどなぁ……。ウ~ン、難しい。

 ボーダーの主役ティーナは外形的に醜い顔に自分でも自信が持てず、税関職員としての犯罪を見極める希有な能力も誇りに思うわけでもなく、慎ましやかに暮らしている。これは社会規範として植え付けられたひとつの基準で自分自身すら外れた存在として落とし込めているということだ。

 彼女の特殊な能力を目覚めさせるのは、たまたま税関を通ろうとした旅行者ヴォーレ。次第に彼に惹かれていくティーナは自分の出自に人類とは違うものを見出し、生き方を見直す……。

 これは、LGBT、障害者、自閉症患者……、社会の片隅に追いやられた全ての異形の人びとにあてはまること。受け入れやすい部分にはやたら積極的な知識人たちに、ホントにお前は区別とか称して、自分の周りから追い払おうとはしていないんだな? と問いつめる映画なのだ!!

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