もう二週間も前に鑑賞した『ある女優の不在』について、ジャファル・パナヒの最新作、 アフマディネジャード政権と対立して自宅監禁となり、カンヌ国際映画祭の審査員を欠席せざるを得なかった経歴に期待感が高まるが、今度のメッセージは何か? 考えながらの鑑賞となった。

  イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から動画メッセージが届く。その少女マルズィエは女優を目指して芸術大学に合格したが、家族の裏切りによって夢を砕かれ自殺を決意。動画は彼女が首にロープをかけ、カメラが地面に落下したところで途切れていた。そのあまりにも深刻な内容に衝撃を受けたジャファリは、友人である映画監督ジャファル・パナヒが運転する車でマルズィエが住むイラン北西部の村を訪れる……。

 この北西部はトルコと国境を接し、アゼルバイジャン共和国と同じアゼリーと呼ばれる民族が大半を占め、喋っている言語もトルコ系だそうだ。少し調べてみると、 住民は第三世界でも特に高い生活水準を享受しているとのこと。街には至る所に公園、喫茶店、インターネットカフェがあり、小さな村でもほとんどが水道、電気、電話を完備し、さらに衛星放送受信機を持っているそうだ。

 マルズィエの家を訪れた二人だが、そこに至る道路は未整備で、崖っぷちの未舗装道路は対向すらままならず、クラクションで合図を交わして通行可能かを確認しないと通ることが出来ない。女優はドルコ語が話せないので、彼らの言葉に戸惑うが、その会話の中には「……芸人が……。」と大女優すら蔑むような言葉が散見する。

 スマートフォンを使いこなすには電波が通じないといけないが、それは整備されながら、旧来の因襲に縛られた停滞した社会。女性を「家」に縛り付け、過酷な労働を強要し、押し寄せようとする近代化を無理やり押し留めようとする家長たち。

 たまたまこの村には革命前のパフレヴィー王朝時代に映画界を席巻した大女優が隠棲していた。彼女は演じることを禁じられ、困窮生活を強いられている。社会的地位を手にしたはずの映画人も政権の交代で一気にその地位を追われ、人びとの記憶から忘れ去られる現実。今、頂点を極める二人も、いつ何時同じ境遇に陥ることになるかも……。

 女性が社会進出した都会の様子を映像で見ながら、現実には数百年あいも変わらぬ伝統的な生活に置かれる人たちは、どんな気持ちでいるのだろう? 知らなければ良かった夢の世界を羨む気持ちは尋常ではないだろう。世界はますます残酷になる。

 パナヒの前作、『人生タクシー』も観直しておこうかな。

 

著者

fat mustache

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