サム・メンデスの『1917 命をかけた伝令』と、関西では同時公開だった『彼らは生きていた』を立て続けに観てきた。なんで今、第一次世界大戦? との疑問には1917は2019年の製作だが、彼らの方は2018年製作なので、終戦からちょうど100年目の区切りということか……な? とは思うが、何かスッキリしない。

 前者の1917は確かに主役はカメラワークで、その臨場感は半端ない。砲弾の炸裂音が重く響く中で低い目線から捉えられる二人の兵士。その姿は後ろから追われることが多いので、彼らの後を追いながら一緒に戦場に居るような迫力。とてつもない場所に放り込まれたような感覚。4Dにしていたら、その恐怖感に耐えきれなくなる人がいてもおかしくないほどの圧倒的な表現。兵士や馬の死体がころがる砲弾の穴だらけの無人地帯の様相には茫然自失の呈で見入ってしまった。

 確かに、この映画は役者の出番のないものだった。二人の主人公を見終わった時、さほど意識していないことがハッキリする。この戦場の臨場感こそが主役だったのだ。

 一方、彼らは生きていたの方は実際の記録映像を編集したドキュメンタリー。第一次世界大戦の映像をジックリ観たのはTVドキュメンタリーの『映像の世紀』でだろう。1995年から96年にかけてNHKで放映されたものだが、アメリカABCとの共同取材で集められた膨大な映像資料によって映写技術が生まれて100年間の様々な世界の様子が紹介されている。晩年のルノワールや家出したトルストイを映したものは後の映画のヒントになったのでは? と思える貴重なもの。バカな私は後にDVD化されたものを大枚7万8000円で購入してしまっている……。そんなにするの? と驚きの方に20年経った2016年に『新・映像の世紀』を作成したNHKがデジタルリマスター版を3万円ほどでBDでも出していて、こちらの方がより鮮明な画像になってますワ。 『新・映像の世紀』 もBD化されており、両者を観れば使われた映像がどこかにありそうだ。

 モノクロフィルムへの着色技術の進歩で生き生きと蘇る映像には息をのむが、同じ映像が何度か使い回されているところをみると、 映像よりも、BBCに残された退役軍人のインタビュー音源や一部の兵士の話す声、効果音などを新たにキャストを用いて演出した後半部分に監督の主眼があるように感じた。戦場を経験した人たちの声。戦後に受けた世間の冷たい仕打ちや疎外感を当事者が語る……。戦争の虚しさがひしひしと伝わってくる。

 この兵士の肉声って『ウィンター・ソルジャー』か? って思えてきたが、グーク(Gook)と呼んでヴェトナム人を人間扱いしなかった米兵と違って、敵兵であるドイツ人にも理解を示していた彼ら。れれっ? これって白人中心主義? そういや1917にもターバンを巻いたインド人がたった一人いただけで、敵も味方も戦禍に置かれたフランス人もみ~んな白人なんだけど……。実際にはカメルーンから連れてこられた黒人も中国人のクーリーも大動員されてるけどなぁ……。

 なんとなく白人中心の世界への回帰を願っているような雰囲気を感じるのは私だけ? 『戦場のアリア』に感じたあの空気。キリスト教国どうしに拡がる連帯感。行き過ぎた世界同化傾向に反発するムードを勝手に感じてしまった。

著者

fat mustache

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