『おいしい家族』を観てきた。映画監督のほか小説家としても活躍するふくだももこ監督が、かつて自身が手がけた短編映画『父の結婚』を長編化したというものらしい。

 都会生活者のなかには携帯の繋がらないどこかということで離島での生活に憧れて、逃げるように行く人たちが居るらしい。携帯を遮断するんだったら、電源を落とせば良いだけだし、電波の届かない場所なら山奥に行きゃ、車で入れる所にもそんな場所は存在する。離島である必要性はそこではなく、交通手段の隔絶された狭小な地域に残る濃密な人間関係が織りなす心地よさを感じたいからだろう。

 近代化されるにしたがって失っていった許容量というか、一定水準以上のレベルの者しか受け入れない組織とか、定型化されていくなかで逸脱する個性を許さない集団が形成されてしまったため、ハズれることへの恐怖が増幅し、少なくとも勤務時間内は枠に収まったステロタイプを演じることになる。

 オジさん世代にとっては、生育歴のなかで味わってきた体育会系のような一体感みたいなものが、心の拠り所になって、二面性を持つことをさほど苦痛とは感じないのだろうが、学生時代に集団での達成感や互いに寄り添う経験を持たなかった現代の若者にはとてつもなく辛いものかも知れない。

 それが離島のように隔絶された場所では各々の個性が許され、受け入れられているため、素のままの自分で居られるように感じるのかも知れない。いわゆる2000年代前半の石垣・八重山ブームなんてのも、そんな理由で、心の疲れた若者を魅了していたのかも知れないねぇ。……知らんけど。

 銀座のコスメショップで働く橙花は、母の三回忌に実家のある離島へ帰るが、そこでなぜか父・青治が母の服を着て生活している姿を目撃する。驚く娘を意に介さず、青治は「この人と家族になる」と居候の男性・和生を紹介する……。

 冒頭、こんなショッキングな映像で始まるが、これは可視的にしているだけて、内面では誰しもが持つ自分だけのこだわりを言いたかったのだろう。周りの人びとは何事もないように青治を受け入れ、一つ屋根の下で互いに寄り添い、助け合い、それでいて微妙なところには踏み入れない心地よい空間が広がっている……。

 こんな感じの映画と言えば、私の中で、今年の邦画ベストワンだと思う『洗骨』がそうだ!! 沖縄の離島・粟国島に残る風習「洗骨」をテーマに、家族の絆や祖先との繋がりを描いたこの作品は、11月下旬にはDVDが発売されるらしい。こちらも照屋年之監督が2016年製作の短編映画『born、bone、墓音。』を原案に長編化したものらしいが、きわめて精緻に練り上げられた作品で、単なる憧憬に留まらない力強さを感じさせるものだった。ふくだ監督、もうチョット頑張ってゴリさんに追いついてネ。

 

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fat mustache

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