もう一度観てみたい映画ばかり取り上げていたが、世間の評価に反して、二度と見たくもない映画もよかろうと思って取り上げることにしました。なにしろ自分は嫌悪感ムンムンなのだが、世の人びとは感激しているらしい……。1967年7月に起きた”アルジェイ・モーテル事件”からちょうど50年経った時に公開された『デトロイト』である。日本でも2018年の1月には大々的な宣伝とともに公開されている。

  実は、監督のキャスリン・ビグローにはどうも馴染めないところがある。2009年の『ハート・ロッカー』は、制作費1,500万ドルの低予算映画ながらヴェネツィア国際映画祭で高い評価を受け、第82回アカデミー賞で作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、編集賞、音響編集賞、録音賞の6部門を制して大きな話題を提供したが、イラク戦争における危険物処理班の活躍に焦点をあて、壮絶な戦場を生々しく活写して悲惨さを伝えたとされるが、実際の帰還兵からは、「戦争を分かりやすく伝えようとしているが、経験者の私たちはあまりの不正確さにうんざりしてしまう。調査不足というだけでなく、端的に言えば米軍への敬意に欠けている。」という不満の声もあがり、理不尽な戦争を社会的な視点から追求するのではなく、個人の問題に集約して議論を終わらせようとしているようにしか思えなかった。

  2012年の『ゼロ・ダーク・サーティ』も大統領選挙にからむプロパガンダではないかとの批判で公開日が延期になり、作中の拷問の描写を巡っても論争が起きている。

  つまり、実話ベースの映画で、凄惨な場面に驚愕するが、巧みに視点をズラして本質に迫る論議が起きないように仕向けているイヤラシイ作品ばかりなのだ!!

  経験の浅い若者や戦争や諜報活動に携わることのない多くの人びとが、さほど注意することなく画面に見入ると、その凄まじさに圧倒されて、困難に立ち向かうヒーローやヒロインの行動に魅せられ、個人的な崇敬の念に満たされて映画館を出るはめになってしまう。「すごかったナァ。」と感嘆はするが、はて? イラク戦争やウサーマ・ビン・ラーディンの殺害って、どういう意味を持つのだろう? 「まぁ、イイかっ。」ってことで一件落着させてしまいそうなのだ……。

  さてさて、デトロイト暴動から50年。生存者の数も少なくなり、人びとの記憶も薄れて曖昧になっている時期。アメリカでは警察官による黒人への暴行が各地で相次ぎ、TV画面に殺害場面すら映される昨今、ここで”アルジェイ・モーテル事件”をどのように取り扱うかはとても重要なことになると思う。

  単なる個人の資質の問題か、社会の歪みの噴出か、見方によって、今、現在進行中の黒人暴行事件に対する捉え方が大きく違ってしまう……。

 日本公開と同じ時期に”アルジェイ・モーテル事件” を取り扱ったTVドキュメンタリーが放送されていました。NHK BS1で『デトロイト暴動~真実を求めて』というタイトルです。残念ながら、オンデマンドでも観ることが出来ないので、興味のある方はタイトルでサーチしてブログを探ってください。いくつかヒットしましたょ。

  このドキュメンタリーは、当時アルジェイ・モーテル事件を取材したジャーナリストのジョン・ハーシーの著作”The Algiers Motel Incident”(邦訳版はなし)をもとに、彼の孫にあたる画家のキャノン・ハーシーが事件の生存者に取材する形式で作成されたものでした。

  ジョン・ハーシーはその著書の中で、「アルジェイ・モーテル事件の中にアメリカの人種差別のすべてがある」と考え、この事件に直接関わった人間だけでなく、社会の白人全員が共犯者なのだと書いています。

  映画では、一見すると事件に至る経緯を丹念に描写しているように感じますが、主導する警官の表情をいかにも悪辣なものにして、個人的な偏見意識がそうさせたように誘導していきます。あんな顔つきの警官だから……、やってまうよナ……。と個人の問題に収斂する意図がありありとうかがわれます。

  おばはん!! もう、ええやろ!! 純真な映画ファンをあらぬ方向へ導くような作品にはウンザリだ!!

  

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著者

fat mustache

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